副代表 金城光 | アスリードテニス

副代表 金城光

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想い

今よりもっとテニスが上達したい。

これはテニスを真剣に頑張っている方であれば誰しもが思うことであり、僕自身もまだまだ上達したいと思っています。

テニスは個人競技でありながら、一人では上達しにくいスポーツです。

もちろん一人でも素振りや壁打ちである程度は上達することができます。

しかし、素振りや壁打ちをなんとなくするのと、しっかり意味を考え意識してするのでは、上達するスピードがかなり違ってきます。

コート上でも同様で、ただボールを追っかけて打つのではなく、一球一球意味を考え意識して打つことがとても大事です。

それは上手くなればなるほど難しくなり、自分自身の壁にもぶつかります。

そうなったとき、もうワンランクレベルアップをしたいという方々の力になりたいと思います!

もちろん小学生、中学生、高校生、大学生、社会人、いろんな年齢、レベルに応じて上手くなるためのコーチングを心がけています。

今テニスで悩んでいる方は、是非一度アスリードテニスアカデミーへ遊びに来てください!

コーチを目指したきっかけ

プロテニスプレイヤーを目指したときから、引退後はテニスコーチになりたいと思っていました。

大学三年生のときにプロとして活動するかどうか考えたとき、「今の実力ではプロになるのは厳しい」と思い、プロを諦め一般企業に就職すると決めました。

そのときからテニスコーチになるという夢も諦めていました。

就職先は幸運なことに、実業団としてテニスも仕事も両方できる企業に就職することができ、毎日充実していました。

しかし、個人的な事情で退社しなければならなくなり、それをきっかけに一度諦めていたテニスコーチになることを決めました。

今はアスリードテニスアカデミーでコーチだけでなく、選手として試合にも出場しています。

会場で見かけた際は、是非お声がけください!

生まれ

1988年12月22日 山羊座 辰年 B型 沖縄県那覇市出身 千葉市在住

略歴

1997年 小学3年生の夏、テニスを始める

     初公式戦リーグ戦全敗(0勝3敗)

1999年 初めて県大会を勝ち上がり、九州大会に出場する

2000年 九州大会で初めて一回戦突破をし、6位入賞

2001年 九州中学生大会ダブルスで優勝し、初の全国大会出場

     全日本ジュニアのダブルスにも初出場することができ、ベスト8まで勝ち上がる

2002年 シングルス初めての全国大会(全日本ジュニア)でベスト16まで勝ち上がる

2003年 全日本ジュニアDベスト4

2004年 沖縄尚学高校入学

     岡山インターハイ団体ベスト16、全日本ジュニアS準優勝、D優勝、埼玉国体4位

     全国でも勝てると自信がついたと同時に、勝ち上がることの厳しさも知った年

2005年 九州ジュニアS優勝、D準優勝

     千葉インターハイSベスト16

     全日本ジュニアSベスト16

     スーパージュニア本戦2回戦敗退

2006年 九州ジュニアS準優勝、D優勝

     兵庫インターハイSベスト16、Dベスト4

     全日本ジュニアSベスト16

     日中韓代表選手として選ばれる

     初めてテニスが一ヶ月できなくなる怪我をし、テニスができるありがたみを知る

2007年 明治大学入学

2008年 関東大学テニスリーグ1部昇格

2009年 草津フューチャーズDベスト4

     インカレSベスト32

2010年 インカレSベスト16

     全日本選手権S本戦出場

2011年 仕事とテニスができる会社に入社し、両立の難しさを知る

2012年 全日本選手権D本戦ベスト16

2014年 アスリードテニスアカデミーのコーチをしながら国内の試合に出場

主な戦績

2004年 全日本ジュニアS準優勝、D優勝、埼玉国体4位

2006年 兵庫インターハイSベスト16、Dベスト4

2009年 草津フューチャーズDベスト4

2010年 インカレSベスト16、全日本選手権S本戦出場

2012年 全日本選手権D本戦ベスト16

2015年 石川オープンD優勝、東北オープンD準優勝

2016年 山梨北杜オープンD優勝、関東オープンD優勝、アサヒ緑健オープンSベスト8、毎日テニス選手権Dベスト4、白子オープンSベスト4

2017年 毎日テニス選手権Sベスト16

趣味

YouTube鑑賞、スマホゲームで遊ぶこと、漫画(ハンター×ハンター、鋼の錬金術師、等)、スポーツ観戦、人間観察

経歴

小学校時代

テニスを始めるまでは運動があまり好きではありませんでした。

運動があまり好きではないうえに、テニスをしているときはとにかく父親が厳しく、さらには初公式戦のリーグ戦で全敗ということもあり、早くテニスをやめたいとばかり思っていました。

高学年になるにつれて、少しづつ成績が出るようになりテニスが好きになると同時に運動も少しづつ好きになりました。

しかし、もともと怠け癖があり気持ちの波も激しかったので、その度に父親に怒られていました。

小学校時代が一番父親に怒られ、泣かされたときだったので、あまりいい思い出がありません(笑)

中学校時代

中学校に上がってからは、少し気持ちのコントロールができるようになりましたが、まだ怠け癖が完全になくなったわけではなく、練習中に気持ちがのらないときは結構手を抜いたりしていました。

それでも父親の厳しい指導のおかげで、中学二年生のとき初めてシングルスで全国大会に出場することができました。

全国大会の雰囲気、周りの選手の意識、テニスのレベルの高さに最初は驚きましたが、意外にもベスト16まで勝ち上がることができ、とても自信になったのを覚えています。

シングルスで初めて全国大会に出場してからは、「もっと上のレベルで勝ちたい」とテニスのことを真剣に考えるようになり、今まで以上に集中して練習し、あまりやってなかったトレーニングにも取り組むようになりました。

高校時代

県内の高校に残るか、テニスに当たってより良い環境の県外の高校に行くかですごく悩みましたが、県内に残っても全国大会で勝てる自信があったのと、いい環境に行くとその環境に甘えてしまうと思い自分に厳しくするためにも、県内の沖縄尚学高校に進学しました。

高校生になってからはすぐに結果を残すことができました。

しかし、成績をいきなり残せるようになったのと、高校生になって試合数が圧倒的に増えた影響で、経験したことのない「疲労」に襲われました。

そのときは本当にきつくて、夏休みの終わりくらいに父親に「もう試合するの無理」って言ったのを覚えています。

それでも父親を含め、周りの方々のサポートもあり、大会ラッシュの期間をしっかり戦い抜くことができました。

この頃から、僕のテニスに対する考え方は劇的に変わりました。

「今までと同じことをしていると、来年絶対に勝てないし体と精神力がもたない」と思い、練習とトレーニングの質と量を見直し、部活以外にも自主的にトレーニングをするなど、より一層テニスに打ち込むようにしました。

この一年目がなければ、二年目三年目は絶対に勝てなかったと思うので、とても充実していていい経験をした一年だったと思います。

二年目はテニスも体力的にも余裕がでてきて、それなりに結果を残すことができるようになりました。

それでももっと上のレベルで勝つためにトレーニングの量を増やし、三年目では二年目より勝てるようになったのですが、結果的にオーバーワークをしてしまい、腰を怪我してしまいました。

テニスを始めてから、人生で初めての大きな怪我だったので正直かなりショックでした。

今聞くと、一ヶ月安静ぐらいの怪我だからあまり大したことないと自分でも思うのですが、当時の僕からしたらかなりのショックだったので、早くテニスがしたいととても焦った一ヶ月でした。

高校時代は今までにない経験をたくさんでき、僕の中のテニスを大きく変えたときだったので、県内の高校に進学してよかったと今でも思っています。

大学時代

大学は県外に行くと決めていたので、ご縁もあり明治大学に進学しました。

大学時代はとにかくやるべきことが多く、さらには自分一人で周りのことをしなければいけないため、それに慣れるまでがとても大変でした。

その影響もあってかテニスの調子がなかなか上がらず、どんなに練習、トレーニングをしても上手くいかない時期が続きました。

当時の僕の中でのテニスは、きつくてつらいものをひたすら繰り返すというイメージで、モチベーションは結果をしっかり残すということだけだったので、このときが人生で一番テニスのことを嫌いになりました。

しかし、あるコーチに出会ってから僕のテニスに対する考え方がまた大きく変わりました。

そのコーチの練習はきつい中にも笑いがあり、楽しくテニスをするといった感じでした。

最初は笑う余裕もないくらい練習がきつかったのですが、慣れてからはテニスをするのが楽しくなっていて、もっと色んなことを教わりたい、早く練習したいと思うようになっていました。

その頃から少しずつテニスの調子が良くなり、結果も残せるようになりました。

このとき初めてテニスを楽しむことの大事さに気づきました。

テニスを楽しむことで自分の気持ちを自分自身で高めることができるようになり、なかなか結果が出なくても自分の目標を見失わずにやり抜くことができるようになりました。

この出会いがなければ僕のテニス人生はここで終わっていたと思うので、そのコーチには今でも感謝しきれないほど感謝しています。

大学四年生になってからは、現デ杯監督の岩渕さんにも練習を見てもらう機会ができ、大学四年間で一番テニスが好調で成績を残すことができました。

これまでのテニス人生で一番たくさんの方々に出会い助けられ、色んなことを学ばせていただいたので、とても充実していて忘れられない四年間でした。

社会人になって

大学を卒業してからは、仕事とテニスが両立できる企業に就職しました。

仕事とテニスの両立は難しかったのですが、今まで経験したことのないことが学べ、しかもテニスもできるという素晴らしい環境でした。

しかし、実は就職してすぐに退社を考えなければいけない出来事がありました。

個人的な事情なので詳細については書けませんが、そこから辞めるまでの2年半とても悩みました。

日々とても充実しており、自分の成長のためにも辞めない方向でいたのですが、その出来事による精神的なダメージが思ったより大きく、一度一区切りつけようと退社することを決意しました。

このときが今までの人生で一番大きな決断でした。

これから

現在は、アスリードテニスアカデミーでコーチをしながら国内の試合に出場しています。

コーチとしての目標は、世界で活躍するような強い選手を輩出することと、関わっていただいている方々、特に子供達には何でも気軽に相談できる相手になることです。

選手としての目標は、国内のランキングで上位になり、プロ転校することです。

プロになれなかったとしても、僕の真剣に戦っている姿を少しでも多くの方々に見てもらうことができたらと思います。

コーチとしても、選手としても目標に向かって、日々精進していきたいと思います。